秋田地方裁判所大館支部 昭和39年(わ)22号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(事実)
一、本件犯行に至るまでの経緯
全国総合職業訓練所職員組合は、雇用促進事業団法にもとづき同事業団の事業の一環として設置、運営されている全国総合職業訓練所の職員からなる労働組合であるが、同組合は昭和三八年一〇月ごろから右事業団に対し、賃金の二・八ケ月分プラス一二、五〇〇円の年末手当の支給を要求して理事者側と団体交渉を重ねていた。
しかして同組合は、理事者側が同年一二月五日に出した二・二ケ月分プラス四、〇〇〇円支給の回答に満足せず、中央労働委員会の斡旋も不調に終つたため、同年一二月二三日から無期限の宿日直拒否斗争に入ることを決定し、同日から全国の各総合職業訓練所において一斉に右争議行為を開始した。
被告人は昭和二八年ごろから秋田県大館市所在の秋田職業訓練所に教導として勤務し、昭和三八年九月ごろからは同訓練所職員約二三名からなる前記組合秋田支部の執行委員をしていたものであるが、同支部においても前記組合の決定にもとづき昭和三八年一二月二三日から宿日直拒否斗争に入り、被告人もこれに参加した。
秋田総合職業訓練所における宿日直は、従来、同訓練所の内部規程にもとづき、所長、庶務課長、訓練課長を除く職員が二名ずつこれに当つてきたが組合(以下単に組合というときは全国総合職業訓練所職員組合秋田支部をさす)が右斗争に入つてからは右所長等三管理職および経理係長外一名の非組合員が一名ずつ交替でこれに当り、同時に一名ずつアルバイトの学生等を雇い入れてこれに当らせていたところ、右アルバイトの学生等が組合側の説得等によりいずれも辞めていつたため、同訓練所長は、前記事業団からの通達により昭和三九年一月一四日臨時職員として植木職工藤竹蔵(当時五一才)を雇い入れ、同日から同人を同訓練所の宿直勤務に当らせるに至つた。
組合においては右工藤竹蔵が宿直勤務に入ると同時に、同人に対し、組合員二、三名ずつが交替で土曜日曜を除きほとんど連日にわたり、臨時職員を辞するよう説得を続けたが、同人は生活苦を理由にこれに応ぜず、宿直勤務を続けた。
二、本件犯行
被告人は昭和三九年一月二四日相組合員塚田研一とともに前記工藤竹蔵を説得する当番になつていたため、同日午後六時ごろ、前記秋田総合職業訓練所宿直室前において、すでに宿直勤務に入つていた右工藤竹蔵に出合うや、同人を同訓練所内の所長室に招き入れ、同所において、前記塚田研一とともに、同人に対し、臨時職員を早く辞めるよう説得を始めたところ、相変らず同人が同年の冬は他に仕事がなく生活のため辞められない等と答え被告人の説得に応じようとしないため、業をにやし、同人を畏怖させて強いて辞めさせようと決意し、同人に対し、「自分の家では庭を造つているから大館、早口方面で庭を造つている人達は始終出入している。だからあんたが辞めなければ大館、早口方面のあんたの出入先はいつでもとめてみせますよ。」「あんたの息子さんは花岡工高の機械科に行つているそうだが、自分のいとこが花岡工高の田山教頭だから、その人に頼めば息子さんのことはどうにでもできる。どうしてもあんたが辞めなければ息子さんが学校に行けないようにしてやりますよ。」等と大声でかつ威かく的な態度でにらみつけながら申し向け、もつて右工藤の植木職としての就業および子息の通学上の自由、名誉に危害を加えるべきことを通告して同人を脅迫したものである。
(証拠)<証>
(弁護人の主張に対する判断)<一、二省略>
三、被告人の本件行為は正当な争議行為であるとの主張について
労働争議中になされた行為が犯罪構成要件に該当する場合、その行為が正当行為として違法性を阻却されるか否かは、個々の争議及び行為につき、諸般の具体的事情を考慮しつつ、その目的及び手段の両面から検討しなければならない。
ところで被告人の判示所為は、前記認定のごとく、被告人の所属する全国総合職業訓練所職員組合の雇用促進事業団に対する宿日直拒否斗争中に発生したものである。そして雇用促進事業団がいわゆる政府関係機関の一に属する特殊法人ではあるが同事業団法第一八条により同事業団の役員及び職員が公務員とみなされるのは、刑法その他の罰則の適用についてのみであつて労働法上の争議権又は争議行為については一般私企業におけると何ら異るものではないところ、同組合の右争議行為は年末手当の増額を要求するもので、結局労働組合法第二条にいわゆる労働者の経済的地位の向上を主目的とするものであるから、その目的において正当であることは明らかであり、他方その手続及び手段にも証拠上何ら違法な点を見出し得ない。そして被告人の工藤竹蔵に対する本件説得行為もまた右争議行為の一環としてなされたもので同人に対する私怨その他個人的動機から出たものでないことは証拠上明らかであつて、その目的において正当であることは疑がない。
そこで進んで被告人の本件行為が右目的を実現するための手段として正当なものであるか否かにつき考察する。
秋田総合職業訓練所長阿部光雄が臨時工員工藤竹蔵を雇い入れたいきさつは冒頭に認定したとおりであるが、ストライキ中に使用者側が代替労働者を雇い入れることはストライキの実効を減殺するから、無制限に許容されるべきでなく、ストライキ参加の労働者は、使用者が他から雇い入れた労働者に対し、その就労を阻止するため何らかの対抗手段をとり得るものと解すべきである。しかしその反面使用者側においてストライキに対する対抗手段が全然許されないわけではなく、不当労働行為等組合員の団結の阻害を目的としない限り、施設の管理保安その他業務の性質等にてらし、一時的手段として、外部から雇い入れた労働者により業務を遂行することはできると解すべきであり、また右雇入労働者に対するストライキ参加労働者の対抗手段も無制限なものではなく、具体的事情に応じ、許されるべき限界のあることは労働組合法第一条の規定にてらし明らかである。
そこでこれらの点を本件につき検討すると、組合側は本件宿日直拒否斗争突入に際し、管理者側に対し無期限を通告したこと前記認定のとおりであるが、右総合職業訓練所の管理者たる所長は、ストライキ中といえども、公共的性格を有する同訓練所の最高責任者として、常時その施設の管理保安に万全を期すべき職責を有するうえ、被告人等組合員に代つて宿日直勤務に当るべき前記四名の非組合員の健康管理を考慮すれば、右無期限のストライキに対し、他から一名の臨時職員を一ケ月の期限で雇い入れることは一時的手段としてやむを得ないものというべく、前掲各証拠によれば工藤竹蔵は右訓練所の所長その他の管理者等と縁故関係その他何らの個人的関係がないことが認められることからも右所長は工藤の雇い入れにつき右訓練所の管理者として職責遂行以上に組合側の団結を阻害する当不等な目的を有していたとはとうてい認められない。
しかして被告人及び組合側は、本件当時、前年来数ケ月にわたる長期化した争議が依然として解決の見とおしがつかなかつたこと、さらに秋田総合職業訓練所において管理者側は、本件宿日直拒否斗争開始後雇い入れた学生アルバイト等が次々と辞めて行つた直後に植木職工藤竹蔵を雇い入れ、しかも同人に対する説得もすでに同人の就労と同時に開始して約一〇日に及んでいながら成功せず、同人が頑として辞職に同意しなかつたことなどから相当の焦燥感を抱いていたことは想像に難くないところである。
しかしながら他方右工藤竹蔵は前記のごとく同訓練所の所長等管理職と何ら縁故などの個人的関係を有するものではなく、さらに前掲各証拠によれば、同人は妻子をかかえた植木職人であつて、本件雇入当時は冬期にも拘らず例年のごとく除雪等の仕事もなく失業中のため苦慮していたところ同訓練所の所長の求めに応じて臨時職員として雇われたのであり、労働組合活動の知識経験がないのにもかかわらず、昭和三九年一月一四日の就労第一日以来ほとんど連日被告人等の組合員の説得を受けながらその都度少くとも三〇分以上これに応じ、とくに判示一月二四日の被告人及び塚田研一の約一時間にわたる説得においても被告人等の言分をきいたうえ自己の生活苦を訴えているのであつて、同人自身被告人等組合員の団結を妨害する等の不当な意図ないし挑発的態度は全く認められない。
一方組合側は二三名の組合員を擁し、昭和三九年一月八日の臨時大会以降、毎日の説得活動において当番の組合員二名の他に執行委員一名を加えてこれを強化しまた前日の説得活動を反省するため連日会合を開いていたのにもかかわらず、右のごとく生活苦を訴えて就労を望む工藤に対し何ら具体的な転職先のあつせんを計画、検討するなどの統一的積極的方法をとることなく過している。そして被告人も執行委員の地位にありながら右のごとき手段をつくさず同人の説得に当り、その際判示のごとき言辞を用い、同人の平常の生活の基盤である植木職の業務及び本件争議に何ら関係のない同人の息子の通学に対する加害を通告したのである。
右に認定したとおりの本件争議の具体的事情のもとにおいては本来契約ないし就業の自由を有する工藤竹蔵に対し判示のごとき脅迫行為をなすことは明らかに行きすぎであつて労働法上許される正当行為の範囲を逸脱したものといわなければならない。よつてこの点に関する弁護人の主張もまたとることができず、その他本件全証拠によつても被告人の判示行為の違法性或いは有責性を阻却する事情を見出すことはできない。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法第二二二条、罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するところ、被告人の判示所為は労働争議中の犯行であつて動機に同情すべき点があり、その他諸般の情状を考慮し、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金壱万円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法第一八条により金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用について刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人の負担とする。
(公訴事実の二に対する判断)
一、本件公訴事実の二の要旨は、被告人は、判示行為につづいて昭和三九年一月二七日午後五時ごろ秋田総合職業訓練所ボイラー室において、工藤竹蔵に対し、「毎日言つてもわからないか、土曜でも日曜でもやめないうちは毎日でもやりますよ。毎日こういうふうにやられるとあんたは一人で精神科に行かなければならないようになる。そうなるようにやりますよ」と大きな声でかつ威かく的な態度で申し向けもつて同人の精神状態に危害を加えるべきことを通告して同人を脅迫した、というのであり、前掲各証拠を総合すると右日時場所において被告人が工藤竹蔵に対し右同旨の文言を告知した事実を認めることができる。
二、被告人が右文言を通告した相手方である工藤竹蔵は本件労働争議中に使用者側が外部から臨時に雇い入れた労働者であり、被告人等組合員にストライキ権が認められる以上、正当な方法及び態様において同人に対し臨時職員を辞するよう説得する権利があることは前述のとおりである。従つて同人は被告人等の右正当な権利の行使の結果として当然に予想されるある程度の自由の制限は甘受しなければならないというべきである。
ところで被告人が同人に対して申し向けた右文言は、要するに、「同人がやめぬうちは毎日説得する」「その結果同人は精神科にいかなければならぬようになる」というのであつて、右は結局本件争議における被告人等の右権利の行使を予告したに過ぎないばかりでなく、前掲各証拠によれば同人はすでに連日被告人等の説得を受け「毎日同じことをいわれて頭が痛くなる」といいながらも頑として被告人等の要求に応ずることなく就労を続けていたことが認められ、また右の説得は、工藤が拒絶すれば直ちに打切つていたのであり、さらに被告人は右文言を告知した際、爾後の説得の方法については、特に触れていないし、特定の加害方法を挙示しこれを告知するようなことはしていないから、工藤としては将来引続き説得を受けるということ以上に右文言により意思の自由を抑圧されること、ないしは特別の加害行為を予想することはありえず、従つて現実にも畏怖したものとも認め難い。もつとも精神科云々の部分は言葉として無論穏当を欠いているけれども本件争議および工藤に対する被告人等組合員の説得の経過等にてらすときは、被告人等の説得に対する熱意をひれきし強調したものと認められ、説得の際に右の程度の文言を発したからといつていまだ被告人に許された正当な争議行為の限界を越えたものということはできない。
そうすると本件公訴事実の二の被告人の所為は、労働組合法第一条第二項にいう正当行為に相当し、又同項但書にいう暴力の行使にも該当しないからこの部分に限り脅迫罪は成立しないものというべきである。しかし被告人の右行為は判示所為と同一の目的のもとに、同一人に対し、極めて近接した時期に同一場所でなされたものであり、判示事実と包括的関係にあるものと解すべきであるから、主文においてとくに無罪の言渡をすることはしない。(仲江利政 藤本清 谷口茂昭)